Structural Experts in Emergencies : What Urgent Actions Should We Take in the Aftermath of Major Earthquake?

目次

(1)救助活動における構造専門家の関わり/宮里直也
(2)
海外における地震発災直後の構造エンジニアの活動/一條典
(3)
応急危険度判定の課題と可能性/中埜良昭
(4)
構造設計者からみた構造ヘルスモニタリングシステム/原田公明(5)被害調査における構造専門家の射程/楠浩一

はじめに

2021年3月11日で東北地方太平洋沖地震が起こって早10年経つが、この間にも2016年の熊本地震や2018年の北海道胆振東部地震などの大地震と被害が発生している。政府の地震調査研究推進本部が発表している長期評価に基づく今後30年以内の地震発生確率値は、南海トラフにおけるM8~9クラスが70~80%、根室沖がM7.5~8.5クラスが80%程度で、近い将来大地震・巨大地震がほぼ確実に発生するとみられている。これに対して構造研究者や構造設計者といった建築構造の専門家は、建物の地震被害を抑えるべく新築建物の構造設計や既存建物の診断と補強、耐震デバイスの開発、耐震設計に関する知見の蓄積や基規準の改正などに日々取り組んでいるが、実際に大地震が発生した直後の一刻を争う場面で自分になにかできることはないかと考える構造専門家は多いものの、その高度な専門知識とスキルを活かした活動をしている構造専門家はごくわずかである。なぜならの被災地はライフラインが破壊されるため現地での活動が極めて限定されるだけでなく、被災者への多大な配慮が必要だからである。

このような状況下で構造専門家が知識とスキルを発揮して迅速かつ効率的な緊急活動を可能にするには、これまでわずかに行われてきた緊急活動を見つめ直し、課題と可能性についての討論を重ねながら、新たに思想・仕組み・ネットワークを構築していくことが不可欠である。

以上の背景から、本特集は大地震の発生直後における構造専門家の緊急活動について課題と可能性を論考するものである。本特集を通じて、大地震直後における構造専門家の役割を広げ、ひいては被災者の支援に資することを期待する。

(1)救助活動における構造専門家の関わり:宮里直也(日本大学理工学部)

大地震直後に何よりも優先されるべきなのが崩壊した建物内に取り残された人の救助である。日本では自力や隣人による救助が不可能な場合は、自衛隊・警察・消防等の救助専門部隊が行うが、建物の更なる崩壊のリスクがある状況の中、要救助者と救助部隊の双方の安全を担保しながら一刻を争う迅速な救助が求められる。現代ではほぼ未開の学問領域であるこの崩壊建物の安全性に対する構造評価を開拓し、救助活動に積極的に関われるようにするには、今何を考え、何を実行すべきなのか。

大空間構造や軽量構造の研究と実践のみならず、消防と警察の救助専門部隊への構造評価のレクチャーや国内初の災害警備訓練施設の整備に携わった宮里直也氏が、救助部隊の訓練の現状を紹介するともに、地震直後の救助活動に構造専門家が関われる可能性について論考する。

(2)海外での地震発生直後における日本の構造エンジニアの活動:一條典(構造設計舎)

途上国では、大地震の度に工学に基づいた建設がされていないノンエンジニアド建築が崩壊し、多くの人が亡くなっている。このような災害支援を行う国際的な仕組みとして、救助・医療・専門家・自衛隊部隊・感染症対策の5チームを持つ国際緊急援助隊(JDR)があり、地震後の被災者救助を担当する日本の救助チームには構造専門家が参加している。その役割は、現地建物の特性のチーム内での伝達、救助活動拠点の安全性評価、人命救助のために進入する倒壊した建物の安全性の評価と救助隊員に対する助言等、多岐に及ぶ。世界的にみても建築の耐震性について卓越した知見を持つ日本の構造専門家が、日本と言葉・文化・技術の全く異なる地域において迫りくる時間と戦いながら、他分野の専門家と協力して海外の救助活動を支えるには何が重要なのであろうか。

ネパール地震(2015年)で日本の国際緊急援助隊救助チームに(⼀社)⽇本建築構造技術者協会(JSCA)から構造評価専門家として参加し現地で実際に救助活動を行った一條典氏が、海外での救助活動における構造専門家の役割と課題について論考する。

(3)応急危険度判定の課題と可能性:中埜良昭(東京大学生産技術研究所)

応急危険度判定は、余震等による建物の倒壊や部材の落下等により生じる二次災害を防止するために、大地震直後に危険の程度を判定・表示するもので、余震は本震発生後の1~2週間での発生確率が高いことから迅速かつ広範囲での判定が必要とされる。1985年に開発され、1995年の兵庫県南部地震から本格的に実施されて以降、建物使用者の二次災害防止に多大な役割を果たしてきた。

応急危険度判定の対象建物は一般的な構造の建物であり、判定方法がマニュアル化されていることから構造専門家でなくとも判定士として判定を実施できる。だが近年は、都市部における建物の高層化、非住宅木造の大規模化、耐震設計の考え方の高度化・複雑化が加速しており、より専門的な危険度判定の必要性が増している。これに加えて南海トラフ巨大地震では、超広域の被災エリアをカバーできるような技術と仕組が求められており、構造専門家が関わるべき領域が多く存在しているはずである。

長年に渡って応急危険度判定の普及啓発に尽力し、国内外における数多くの被害地震調査や復興支援活動も行ってきた中埜良昭氏が、応急危険度判定の課題、海外への技術移転、構造専門家の関与の可能性について論考する。

(4)構造設計者からみた構造ヘルスモニタリングシステム: 原田公明(日建設計)

建物の構造設計の中で作成される構造図や構造計算の資料は、大地震後に建物の安全性を推定するための貴重な情報である。この情報と予め建物内に設置したセンサーで観測した加速度データを用いて、大地震を受けた建物の被災度を即座に自動判定して地震直後に管理者に知らせ、継続使用の可否や避難の判断に活用できるシステムとして構造ヘルスモニタリングがある。応急危険度判定等の目視が困難な場合や、応急危険度判定では想定していない高層建築や特殊な構造の被災度判定に特に有益である。

構造ヘルスモニタリングでは、予め行う建物情報と判定のための閾値の設定が極めて重要で、この設定がまずければ判定精度が落ちて建物の管理者と利用者に無用な非難を促すか逆に安全を脅かしかねない。このような課題のもと開発された日建設計地震時被災度判定システム「NSMos」は、個々の建物においてその構造を熟知する構造設計者が直接建物情報を入力していくことで信頼性を高めているところに最大の特徴がある。構造専門家の経験とスキルを大地震発生前にシステムに埋め込んでおくことで発生直後にすぐに活用できる構造ヘルスモニタリングは、社会に安心安全を提供するだけでなく、構造設計者に更なる緊急活動の場を与える。

超高層から大空間建築まであらゆる建築の構造設計に長年携わってきたなかで構造ヘルスモニタリングの必要性を感じ、自らNSMosを開発した原田公明氏が、構造ヘルスモニタリング、社会における大地震直後の安心・安全の共有について構造設計者の視点から論考する。

(5)被害調査における構造専門家の射程 :楠浩一(東京大学地震研究所)

被害調査によって得られる建物の被災状況の情報は、学術的な知見の蓄積、耐震設計法へのフィードバックと基規準の改正等、様々なものに活用され、将来の地震被害を防止するために極めて重要なものである。建物の被災状況の情報は、解体や余震等によって時間の経過とともに失われていくため早期の調査が望ましい一方で、被災地のライフラインが混乱を極める状況の中、救助・救援活動を優先させ被災者への負担を減らすといった配慮が求められ、現地での活動がままならない状況がある。この「将来の地震被害防止を目的とした調査の必要性」と「被災地の負担軽減」という重大なジレンマを解決するにはどのような議論と仕組づくりをしなければならないだろうか。

国内外に関わらず大地震発生直後に現地に赴き被害調査をし続けてきた楠浩一氏が、被害調査の実態と課題、合理化のための提案、そして被害調査に立ち向かう構造専門家の心構えについて論考する。

山田憲明(建築討論委員会/山田憲明構造設計事務所)

ネパール地震(2015年)における国際緊急援助隊(JDR)日本チームの救助活動(写真提供:JICA)


目次

  1. 観光地における人流データの分析と活用/深谷信介(行政アドバイザー、ノートルダム清心女子大学人間生活学部教授・名古屋大学未来社会創造機構特任教授ほか)
  2. ブロックチェーンを用いた地域経済の支援/藤井靖史(西会津チーフデジタルオフィサー他)
  3. 住民基本台帳とGISー富山市のコンパクトシティ化にむけたビッグデータの利活用/高月直也(富山市活力都市創造部 活力都市推進課)
  4. 富山市センサーネットワークー産学官の垣根を越えたIoTの推進/城石裕幸(富山市企画管理部 情報統計課)

IT 技術の進化により交通量や人口密度、天候などといったビッグデータが地理情報と結びつけられ、多様な解析手法により人々の生活の質を向上させる動きが全国で加速している。内閣府は「Society5.0」や「超スマート社会」といった未来像を提唱し、サイバー空間とフィジカル空間(現実世界)を融合させることで、少子高齢化や地方の過疎化に伴う様々な課題の解決を推進しようとしている。これは、都市のあらゆる場所で収集されたビッグデータの分析を行い、サイバー空間で未来予測のシミュレーションをすることで、フィジカル空間を生きる我々の利便性を向上させようとする取り組みである。更に内閣府は、①AI やビッグデータを活用したサービスの提供、②データ連携基盤を通じた複数分野間でのデータ共有、③大幅な規制改革、の三つを柱にした「スーパーシティ構想」を発表している。下図は内閣府が公表しているスーパーシティの構成図である。

スーパーシティ構成案(内閣府HPより)

都市やデータホルダーから取得したデータがデータ連携基盤で共有され、先端的サービスへの展開が行われる図だ。ではこれを実現するためには、具体的に誰が何をすればよいのだろうか。

考えの端緒となりそうなのは、情報工学の世界で古くから用いられている「DIKWピラミッド」の考え方である。


054|202104|特集:ビッグデータと都市−情報でまちを捉える実践集

話し手:深谷信介氏/行政アドバイザー、ノートルダム清心女子大学人間生活学部教授・名古屋大学未来社会創造機構特任教授ほか
聞き手:海野玄陽

−深谷様の現在のご活動についてお聞かせください。

(深谷)広く行政へのアドバイザーとして10年程活動をしています(2015年より富山市政策参与を拝命)。2010年頃から街区単位で電気エネルギーを効率的に融通するネットワークの構築にも関わっていました。当時産業界はシステムをハード・ソフト両面を融合・パッケージ化して海外へ輸出する新たなビジネス構想に着手、具体的にはNEDOの助成を受けた多くの国家的プロジェクトなどを支援しました。上述したネットワークでは各住戸・施設等のエネルギー消費量や発電量のデータなどが主に取得できます。それらはライフログ、すなわち人間の諸活動であるデータを街にどう活かせるか、という本格的なチャレンジ開始だったと思います。

私は現在、街に住む生活者の意識や行動=いわゆるマーケットに常にアンテナを立てて多様な側面・視点からしごとをしています。定量・定性問わずあらゆるデータを用いて建築や都市計画・街を構想しアップデートして行く現在の取組みは、この経験に基づいています。中でも、人流というフローを的確に把握することでよりリアリティのある企画・設計を練ることができます。バーチャル空間におけるシミュレーションは演繹に過ぎませんが、都市の実空間において5年、10年とリアルな人流データを蓄積していくことは、今後の都市構造・街区空間を考え動かしていく上で非常に有益に機能する1方策だと考えています。

−データはただ収集・整理するだけでは「information」に過ぎず、使い物になりません。それを「knowledge」に昇華し、生活者に役立つ「wisdom」にするためには戦略が必要です。収集したデータをどのようにwisdomとしたのか。具体例をお聞かせください。

(深谷)まず、国定公園山口県秋吉台の観光関連施設の再整備事業を例に挙げます。秋吉台は日本屈指の大鍾乳洞である特別天然記念物秋芳洞を有しています。しかし現在の観光客はピーク時の1/4程度まで落ち込んだことに加え、100近くある施設の老朽化により、観光関連施設の再整備が求められていました。対象施設群の整備優先順位と、施設と景観の整備方針を定めるため、市は「秋吉台地域景観・施設整備基本計画策定業務」を平成30年にプロポーザルにて公募を行い、日本設計が受託しその一部を担いました。施設改修ではなく本地域全体の観光振興こそが本質的な課題であると再設定し、観光振興につながる施設再整備のファーストステップとして本計画を位置づけました。当たり前ですが、観光関連施設は観光振興のためにあるものであり、観光客にとって需要のある既存施設を把握した上、将来における地域の全体像を検討する必要があります。観光客視点でのニーズを捉えるため、建築・都市計画観点の検討に加え、マーケティング視点での検討を積極的に取り入れました。総じて日本の観光事業は残念ながらマーケティング的視点、特にデジタルマーケティングが乏しい領域です。全ての施設を改修することは困難だったため、観光客のスマートフォンの位置情報を取得し人流データを可視化することで、経験値のみに頼っていた観光地周遊の実態を把握し、それらを施設整備検討軸の1つに入れていくことで、今までとは違う計画立案の礎としました。

既存施設の整備をするうえで、施設をとりまくステークホルダーの合意形成がハードルとなることが多くありますが、実態をとらえた施設評価手法、明瞭なプロセスによる整備方針導出手法は、合意形成を円滑化するツールとして役立ちました。今後も多量のストックを複数エリアにまたいで保有する自治体や企業体に対して展開できる可能性があります。

縮小時代が予想されるなか、本業務における取り組みが、地域観光振興に向けたまちづくりや、ストックマネジメントへの一助になればと思います。


054|202104|特集:ビッグデータと都市−情報でまちを捉える実践集

話し手:藤井靖史/西会津町CDO(最高デジタル責任者)
聞き手:海野玄陽

―藤井様は日立電子サービスに勤められた後、アップルコンピュータ、会津大学産学イノベーションセンター准教授等を経て、現在では西会津のCDO(チーフデジタルオフィサー)を務められると共に、内閣官房情報通信技術総合戦略室ではオープンデータ伝道師として、総務省では地域情報化アドバイザーとしてご活躍されています。会津地域での取組みから、最先端のデータ利用の現在地点をお聞かせください。

(藤井)アウトプットを生成する際には、必ずその前段階でターゲットのニーズを見つけなければなりません。ニーズを掴まないまますぐに作り込もうとする体質は日本企業にありがちですが、アウトプットが求めていたものと乖離する失敗例がよくあります。私はよく、ものができる順序をお味噌汁の中で起こっていることを例に挙げて説明します。お味噌汁には上部と下部で温度差があります。この温度差が味噌汁内部に対流を生み出し、結果味噌汁内部に構造を作り出します。これは散逸構造論といって、1977年にノーベル化学賞を受賞した理論です。まちについても同じことが言えます。つまり、最初に構造を作り出すのではなく、まずは温度差を見つけ、市民との対話によって流れを生み出し、できた流れを構造化していく、というのが手順と考えています。データ分析を利用していますが、あくまでもデータは世の中の動きという「流れ」を適切にとらえるためのツールと捉えています。

具体例として、萌貨とバコンを挙げます。

萌貨

まず、イベント内通貨の「萌貨」についてご説明します。東京大学・会津大学・GLOCOM国際大学・ソラミツの4者による産学連携プロジェクトです。協業した東京大学の田中秀幸教授は復興予算の研究を行っており、そこで発見された課題として、地域の中で復興予算が回っていないということが挙げられました。そこで、地域内で通貨をいかに回すかを実験・検証するため、福島で行われたイベントでの通貨にブロックチェーンを使用することにしました。イベント内では、例えばゴミ拾いなどの仕事を行うと、暗号通貨「萌貨」が発行されます。また、イベント参加者同士のコミュニケーションを活性化するため、知らない人同士で会話した人にも萌貨を発行しました。より多くの萌貨を獲得し、そして使用している人を「経済を回している人」と同定し、表彰するなどの取組みも行いました。イベント内では萌貨を得るために、その場で店を開く人も現れました。通貨を得た参加者は福引や痛車コスプレ投票権などを得ることができます。またイベント内での通貨流通がリアルタイムで可視化されることにより、イベントの活性化状況を把握することができます。

地方での経済が疲弊すると、一般的には文化資本から削られます。その地域での文化が衰退し、活動されなくなると、その文化を享受するためには東京などの大都市から買わざるを得なくなります。結果として地方では経済が回らなくなるといった悪循環が生まれます。東京―地方間で経済を回すのではなく、地方の中で完結した経済の回し方ができるのではないか。イベント内通貨「萌貨」では、そんな可能性が見えました。


054|202104|特集:ビッグデータと都市−情報でまちを捉える実践集

話し手:高月直也/富山市活力都市創造部 活力都市推進課
聞き手:海野玄陽

―ビッグデータを富山市の政策に利用するお話をして頂く前に、前提として富山市のまちづくり政策についてお聞かせください。

(高月)富山市は約42万人が居住する都市です。広大な市域に、平野部・中山間地域・山岳部といった多様な地域を有している中、可住地が平坦で広範なため、市街地の拡散が進行していました。このため、地方都市としては恵まれた公共交通を軸とした、拠点集中型のコンパクトなまちづくりを全市的に推進しています。そして、このまちづくりの目標として、取り組みを始めた2005年当初は富山市の約28%が都心地区及び公共交通沿線の居住推進地区に住んでいましたが、2025年には両エリアに住む人口の割合を42%とする目標を立てています。

富山駅上空からみた富山市の市街地


054|202104|特集:ビッグデータと都市−情報でまちを捉える実践集

話し手:城石裕幸/富山市企画管理部 情報統計課
聞き手:海野玄陽

―富山市のデータ利用について、概要からご説明頂けますでしょうか。

(城石)高月が先述した政策により、現実社会(フィジカル空間)のコンパクト化は進んでいます。一方で、高度なICT・IoT技術が市民生活レベルでも一般的なものになってきている現在、データを活用したサイバー空間での取り組みを拡充させることで、フィジカル・サイバーの両輪でまちづくりを展開していき、より市民生活の質を向上させることができると考えています。

富山市におけるスマートシティ実現のための取り組み概要

データ利用には3つのステージがあります。①データの取得、②得られたデータの解析・活用、そして③産学官が連携した情報資産の共有化です。以下、富山市における具体例を詳述します。

① 平成30年に「富山市スマートシティ推進基盤構築事業」を実施しています(構築費約2.2億円、運営費3.4千万円/年)。LPWAと呼ばれる通信規格の一つであるLoRaWAN(※1)を用いて、市域全体をカバーするIoTセンサー用のネットワークと、そこから収集されるデータを管理するためのオープンなIoTプラットフォーム(FIWAREを採用)からなる「富山市センサーネットワーク」を整備したものです。アンテナを市内各所に約100カ所設置することで、このセンサーネットワークは居住人口の98.9%をカバーしています。

② 市自らがインフラ事業者としての役割を担うことで、市が認めたものについては、LTEの様に通信キャリアに通信費を支払うことなく、このネットワーク網を誰もが自由に使えるようにしました。民間でこのプラットフォームを活用した取り組みも推進しています。これについては後述します。

③ 通信規格LoRaWANは仕様が公開されており、世界的に広く利用されています。また使用に際し、免許が不要です。IoTプラットフォームとして利用しているFIWAREについてもオープンソースとなっており、官・民の誰もがこのプラットフォームを手軽に活用することができます。このプラットフォームを利用し、官民インフラ事業者が保有している情報を共有化することで、社会インフラコストの適正化・災害対応の迅速化などに活用しています。


054|202104|特集:ビッグデータと都市−情報で都市をつくる実践集

話し手:高月直也(富山市活力都市創造部 活力都市推進課)
聞き手:海野玄陽

―ビッグデータを富山市の政策に利用するお話をして頂く前に、前提として富山市のまちづくり政策についてお聞かせください。

(高月)富山市は約42万人が居住する都市です。広大な市域に、平野部・中山間地域・山岳部といった多様な地域を有している中、可住地が平坦で広範なため、市街地の拡散が進行していました。このため、地方都市としては恵まれた公共交通を軸とした、拠点集中型のコンパクトなまちづくりを全市的に推進しています。そして、このまちづくりの目標として、取り組みを始めた2005年当初は富山市の約28%が都心地区及び公共交通沿線の居住推進地区に住んでいましたが、2025年には両エリアに住む人口の割合を42%とする目標を立てています。

富山駅上空からみた富山市の市街地


054|202104|特集:ビッグデータと都市−情報で都市をつくる実践集

話し手:藤井靖史(西会津チーフデジタルオフィサー他)
聞き手:海野玄陽

―藤井様は日立電子サービスに勤められた後、アップルコンピュータ、会津大学産学イノベーションセンター准教授等を経て、現在では西会津のCDO(チーフデジタルオフィサー)を務められると共に、内閣官房情報通信技術総合戦略室ではオープンデータ伝道師として、総務省では地域情報化アドバイザーとしてご活躍されています。会津地域での取組みから、最先端のデータ利用の現在地点をお聞かせください。

(藤井)アウトプットを生成する際には、必ずその前段階でターゲットのニーズを見つけなければなりません。ニーズを掴まないまますぐに作り込もうとする体質は日本企業にありがちですが、アウトプットが求めていたものと乖離する失敗例がよくあります。私はよく、ものができる順序をお味噌汁の中で起こっていることを例に挙げて説明します。お味噌汁には上部と下部で温度差があります。この温度差が味噌汁内部に対流を生み出し、結果味噌汁内部に構造を作り出します。これは散逸構造論といって、1977年にノーベル化学賞を受賞した理論です。まちについても同じことが言えます。つまり、最初に構造を作り出すのではなく、まずは温度差を見つけ、市民との対話によって流れを生み出し、できた流れを構造化していく、というのが手順と考えています。データ分析を利用していますが、あくまでもデータは世の中の動きという「流れ」を適切にとらえるためのツールと捉えています。

具体例として、萌貨とバコンを挙げます。

萌貨

まず、イベント内通貨の「萌貨」についてご説明します。東京大学・会津大学・GLOCOM国際大学・ソラミツの4者による産学連携プロジェクトです。協業した東京大学の田中秀幸教授は復興予算の研究を行っており、そこで発見された課題として、地域の中で復興予算が回っていないということが挙げられました。そこで、地域内で通貨をいかに回すかを実験・検証するため、福島で行われたイベントでの通貨にブロックチェーンを使用することにしました。イベント内では、例えばゴミ拾いなどの仕事を行うと、暗号通貨「萌貨」が発行されます。また、イベント参加者同士のコミュニケーションを活性化するため、知らない人同士で会話した人にも萌貨を発行しました。より多くの萌貨を獲得し、そして使用している人を「経済を回している人」と同定し、表彰するなどの取組みも行いました。イベント内では萌貨を得るために、その場で店を開く人も現れました。通貨を得た参加者は福引や痛車コスプレ投票権などを得ることができます。またイベント内での通貨流通がリアルタイムで可視化されることにより、イベントの活性化状況を把握することができます。

地方での経済が疲弊すると、一般的には文化資本から削られます。その地域での文化が衰退し、活動されなくなると、その文化を享受するためには東京などの大都市から買わざるを得なくなります。結果として地方では経済が回らなくなるといった悪循環が生まれます。東京―地方間で経済を回すのではなく、地方の中で完結した経済の回し方ができるのではないか。イベント内通貨「萌貨」では、そんな可能性が見えました。


054|202104|特集:ビッグデータと都市−情報で都市をつくる実践集

話し手:深谷伸介氏(行政アドバイザー)
聞き手:海野玄陽

−深谷様の現在のご活動についてお聞かせください。

(深谷)広く行政へのアドバイザーとして10年程活動をしています(2015年より富山市政策参与を拝命)。2010年頃から経産省が主導していた街区単位で電気エネルギーを効率的に融通するネットワークの構築にも関わっていました。当時産業界はシステムをハード・ソフト両面を融合・パッケージ化して海外へ輸出する新たなビジネス構想に着手、具体的にはNEDOの助成を受けた多くの国家的プロジェクトなどを支援しました。上述したネットワークでは各住戸・施設等のエネルギー消費量や発電量のデータなどが主に取得できます。それらはライフログ、すなわち人間の諸活動であるデータを街にどう活かせるか、という本格的なチャレンジ開始だったと思います。

私は現在、街に住む生活者の意識や行動=いわゆるマーケットに常にアンテナを立てて多様な側面・視点からしごとをしています。定量・定性問わずあらゆるデータを用いて建築や都市計画・街を構想しアップデートして行く現在の取組みは、この経験に基づいています。中でも、人流というフローを的確に把握することでよりリアリティのある企画・設計を練ることができます。バーチャル空間におけるシミュレーションは演繹に過ぎませんが、都市の実空間において5年、10年とリアルな人流データを蓄積していくことは、今後の都市構造・街区空間を考え動かしていく上で非常に有益に機能する1方策だと考えています。

−データはただ収集するだけでは「information」に過ぎず、使い物になりません。それを「knowledge」に昇華し、生活者に役立つ「wisdom」にするためには戦略が必要です。収集したデータをどのようにwisdomとしたのか。具体例をお聞かせください。

(深谷)まず、国定公園山口県秋吉台の観光関連施設の再整備事業を例に挙げます。秋吉台は日本屈指の大鍾乳洞である特別天然記念物秋芳洞を有しています。しかし現在の観光客はピーク時の1/4程度まで落ち込んだことに加え、100近くある施設の老朽化により、観光関連施設の再整備が求められていました。対象施設群の整備優先順位と、施設と景観の整備方針を定めるため、市は「秋吉台地域景観・施設整備基本計画策定業務」を平成30年にプロポーザルにて公募を行い、日本設計が受託しその一部を担いました。施設改修ではなく本地域全体の観光振興こそが本質的な課題であると再設定し、観光振興につながる施設再整備のファーストステップとして本計画を位置づけました。当たり前ですが、観光関連施設は観光振興のためにあるものであり、観光客にとって需要のある既存施設を把握した上、将来における地域の全体像を検討する必要があります。観光客視点でのニーズを捉えるため、建築・都市計画観点の検討に加え、マーケティング視点での検討を積極的に取り入れました。総じて日本の観光事業は残念ながらマーケティング的視点、特にデジタルマーケティングが乏しい領域です。全ての施設を改修することは困難だったため、観光客のスマートフォンの位置情報を取得し人流データを可視化することで、経験値のみに頼っていた観光地周遊の実態を把握し、それらを施設整備検討軸の1つに入れていくことで、今までとは違う計画立案の礎としました。

既存施設の整備をするうえで、施設をとりまくステークホルダーの合意形成がハードルとなることが多くありますが、実態をとらえた施設評価手法、明瞭なプロセスによる整備方針導出手法は、合意形成を円滑化するツールとして役立ちました。今後も多量のストックを複数エリアにまたいで保有する自治体や企業体に対して展開できる可能性があります。

縮小時代が予想されるなか、本業務における取り組みが、地域観光振興に向けたまちづくりや、ストックマネジメントへの一助になればと思います。

KT editorial board

建築討論委員会(けんちくとうろん・いいんかい)/『建築討論』誌の編者・著者として時々登場します。また本サイトにインポートされた過去記事(no.007〜014, 2016-2017)は便宜上本委員会が投稿した形をとり、実際の著者名は各記事のサブタイトル欄等に明記しました。

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